【書籍レビュー】『小泉信三エッセイ選1 善を行うに勇なれ』

投稿日:2019年12月11日 更新日:

美澤先生を偲ぶ(抄)

錬磨の力

先生は秀才でも天才でも英雄でもない。平凡な方であったと思います。その平凡な方が唯一つ「誠実」というものを持っておった。

夫子ノ道ハ忠恕ノミ

いうまでもなく、これは論語の有名な章句である。

忠とは何か。己れを尽すことであるという。
恕とは何か。己れを推して人に及ぼすことであるという。

今の言葉にすれば忠は誠実、恕は思いやりであろう。

ごまかすな、ずるけるな、自分のことを人の身になって、人のことをわが身のこととして思え、ということは今日のわれわれにとっても最高の格律ではないか。

感謝を知る人となれ

確かなことは、感謝を知る人は、己れ自身とともに周囲の人々を幸福にするということである。

道徳教育と耳と目

徳教は目より入りて耳より入らず

福澤諭吉が説いた。
耳に結構な言葉をきかせるよりも、目に立派な実行を見せることこそ大切だ。

気ままへの阿ねり(おもねり)

吾々は力めてすること、即ち或る忍耐と努力をすることによって、遥かにより多くの自由を得ることを思わなければならぬ。教育とはそういうものではないか。

肉体的の能力についてそれは明らかである。水泳を知らないものは水に落ちれば溺れて死ぬ。しかし水泳を習うには、或る努力を要する。天性水の嫌いな人間もある。練習の間に何度も水を呑むかも知れぬ。それがイヤだからといって練習せずにいれば、差し当りは楽かも知れないが、それでは、何時までも泳げない。泳げないものは、水難に遭えば死ぬ。死ぬのが人間の自由か、助かる方が自由か。僅かに力めることを回避して大きい自由を失うのは、人間として賢いことなのか否か。それは答えるまでもないことだろう。

音楽の譜も同様であろう。楽譜の読めないものには五線紙上の点々は何の意味もないものだが、読めるものには、それは美しいメロディーを伝えるのである。学ぶのが厄介だから、といって回避するよりも、初めはイヤでも、力めて学べというのが本当の親切ではないか。甘やかしと機嫌とりを民主的とする誤解とその弊害は、すでに随所に現れてきているように見える。

寛容と規律

旧帝国海軍の連合艦隊将兵が、月月火水木金金と唱えて、一週七日、一日の休みもなく訓練に励んだという話は、今は一場の昔語りとなった。それをそのまま復活せよということは、今は誰れもいうものはあるまい。しかし、明治の興隆を成し遂げた日本国民が、至厳の訓練をいとわぬ国民であったという事実は、動かされない。何時の世も、何処の国でも、らくをして成功するという、そんなウマイ話はあり得ないのである。

夏目漱石の「私の個人主義」

漱石の講演録に「私の個人主義」というのがあり、私はよくそれを引く。

彼れのいう「自己本位」とは、利己主義ということではない。漱石のいうことは、己れに対して正直であれ、自分の心に忠実であれ、自分の食べるものの味は自分で味わえ、どんなえらい人のいうことでも、その口真似をするな、ということに帰着する。

漱石もはじめは他人本位で、他人の批評を呑み込もうとしたため何時までも不安と不満を去ることが出来なかったが、右のロンドン留学中に、煩悶の末、始めて気がついて、「自己本位」という言葉を握ってから「大変強くなりました」といっている。

右にいう「自己本位」は、また、人が自分の脚で立つということでもある。私のよく引くたとえであるが、船が動揺しても、足元のたしかなものはよろけない。脚が弱いと、動揺のたび毎に右舷左舷へとよろけなければならぬ。もしも船が右に傾いたとき乗客がみなよろけて右舷になだれ寄り、左に傾いたときに左舷に寄るということであったなら、船の動揺は必ず加大されて、或いは船を危うくするかもしれない。

三十分だけ自分の時間を

眼前の物事に追われて自分を失ってしまっている。
どんなに忙がしい人であろうと、各人が心掛けて、三十分くらいでよいから、自分独りでいわれる時間を毎日持つべきだと、私は思う。
少なくとも当面の事務を離れて、自分自身に戻る時間でなければならない。

読書と文章

簡潔な文章を書く人は、少なくとも自説に確信を持って書いている人だと思って間違いない。

再読の興味

読書法として格別のものは持っていないが、同じ本を繰り返して読むということが為めになると思う。
少なくとも二度くり返して読むことによって始めて全体の構造をわがものにすることが出来るように思う。要するに、難解の書は失望せずに繰り返して読むことだ。

練習

練習によって如何なる境地に達し得るかということは、まだそこに達したことのないものには分らない。そこで、技術の習得上達には、理屈なしにただ練習させるということが必要になって来る。

熟練

熟練は人を天地に導く。熟練は実に無数の不可能を可能にするのである。
肉体的能力についてはこの事は明らかである。しかし、精神的能力についても話は変わらない。
人は生まれながらの勇怯はある。しかし練習は、常に必ずではなくとも、少なくとも多くの場合、多くのことについて、怯者を勇者にするのである。
人の勇怯は或る程度まで練習と平生の心がけによって左右し得るとしたら、それを怠るほど愚かなことはない。
日本の青年がただただ安きを求め、何によらず危ないことはは恐ろしい、恐ろしいことは御免だと、逃げて廻ってばかりいるような気持になっては、民族の前途は心もとないが、そんなことは考えられないのである。

親の躾け

どうしても親でなければ言ってやれないことがある。それを親が言ってやらなければ、他人がどこかで言う。わが子を他人に笑わせないだけの躾けをすることは、親の慈愛として当り前のことであろう。

みんな勇気を

善いと思ったことをなぜしないのか。ほんの僅かばかりの踏み切りをなぜ躊躇するのか。
さわらぬ神にたたりなしと、ひたすらまきぞえを食わぬことのみ心がけるというのでは、情けない。
自分で自分をゴマかさないで、他人の困厄や公益の侵害を傍観したことを恥じる心だけは失ってもらいたくないものである。

卒業生諸君を送る

箱詰の知識というものはすぐ古くなる、今日の知識は日々進歩して止まないのでありますから、一度詰込まれた知識だけで甘んずるならば、その知識は直ぐに時代遅れとなります。況んやただ詰込んだ知識は試験を受けるだけに詰込んで、試験が済むと半分以上忘れるのが諸君にも我々にもあるところの経験であって、ただ我々は詰込んだ知識そのものに頼ることが出来ない。どうしても大学専門学校を出た人は、自ら学び得るところの人々でなければならぬ。これから諸君は自ら学ばねばならぬのであります。学校には幸いにして試験というものがある。諸君は試験のあることは幸いだと思わないかも知れませんが、学校には幸いにして期日を定めた試験がある。しかし実社会に出られた後の諸君は、何月何日に試験をするということをして貰えない。諸君の日々が試験である。

諸君が明日から就かれますところの仕事は、残念ながら恐らくは最も階級の低い仕事でありましょう。しかしこの低い職業上の仕事を果すということにかくの如き崇高なる意義のあるということをお忘れになってはなりません。国家、社会というものは、千差万別な職務に就く人々が、各々その職務に忠実であり堪能であるということによって初めて栄えるのであります。

社会は実に多種多様の人物を要求している。慶應義塾当局者として私の常に考えておりますことは、慶應義塾が唯一色でなく多種多様の人を養いたいということであります。

学識の高い人、芸術の趣味の深く、またその技倆の優れたる人、運動競技を得意とする人、これ等の人の総べてを日本の社会は要求しているのであります。日本の社会は諸君の出て来るのを待っております。

以下は当該書籍以外のリソースから得た内容です。
参考までに掲載させていただきます。

◾️歴史秘話ヒストリア「”天皇の先生”になった男 小泉信三 ”象徴”とは何か」

テニスボールを自ら拾われるまで待つ

→厳しさを体験させることによって、殿下ご自身の自分のご判断それから意志が正しく強いものになるようにということを見守った

人間の心の部分が練習によって獲得できるものである

福沢諭吉の「帝室論」

皇室ハ政治社外ノモノナリ

「万年の春(ばんねん)」天皇の象徴を表す言葉

皇室は万年の春であって、国民にとって悠然として和やかな気持ちになるような存在であるべきだ

小泉氏は「万年の春」を

“日本民心融和の中心”と解釈

人々の心を穏やかにまとめる要

「御進講覚書」

新憲法によって

天皇は政事に干与しないことになっておりますが

しかも何らの発言をなさらずとも

君主の人格 その識見は

おのずから国の政治に

よくも悪くも影響するのであり

殿下の御勉強と修養とは

日本の国運を左右するものと

御承知ありたし

一人の人間として

国民から尊敬を集められる人でなければ

国民統合なんてそもそもできないんだ

天皇陛下の好きな言葉「忠恕」

小泉氏に教わり、心に刻みつけれらた上でこう述べられた

自己の良心に忠実で

人の心を自分のことのように

思いやる精神です

この精神は一人一人にとって

非常に大切であり

さらに日本国にとっても

忠恕の生き方が

大切ではないかと感じております

◾️エッセイ

体育会庭球部時代は「庭球王国慶應」と称されるまでに部を育てた

慶應義塾長を務めている期間に、日吉キャンパス開設、藤原工業大学(現理工学部)開学

スポーツを愛した小泉が、晩年に行った「スポーツが与える三つの宝」の講演で語った「練習は不可能を可能にす」という言葉は慶應義塾内にとどまらず、広くスポーツ界にも知られている。

小恍惚

人は「小恍惚」を大切にすることによって、

必ずその体験を豊かにするであろう。

われわれの日常生活を悦びの豊かなものにするか否かは、多くわれわれ自身によるといえるであろう

人間愛 鳥獣愛

ただほんの僅かな教育の不足から、物の命の大切であることを知らぬ人になるのは惜しいことだ。

ホビイ

仕事や仕事先きのことばかり話して暮らすのは、あまり羨ましくない一生である。

客間なりクラブなりにおいて人々が「ホビイ」について語り合うということは、或る洗煉と余裕をも持つ文明国民の間に始めて行われることであろう。

大久保利通の子息である牧野伸顕氏が最後まで視野が広く、思想の自由を失わなかった事実と、無関係ではなかった

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