□■もくじ■□
はじめに – 観光はもっとも「希望のある産業」である
日本の文化財補修は政府からの補助金で成り立っています。政府の財政が厳しい現実を考えると、このままでは世界に誇る日本の文化財が朽ち果ててしまいかねません。
それを防ぐには減少する日本人に代わって文化財を訪れる外国人を増やし、文化財が自ら稼いで、補修の費用をまかなっていくしかない。同時に、文化財を「保護すべきもの」から「稼げる観光資源」にすることで政府の意識を変え、より文化財を大切にさせることができる。
観光大国になる4条件は「自然・気候・文化・食」だと言われています。
この4条件を満たす国は世界でも指折り数えるほどしかありませんが、日本はこの4条件をすべて満たしている稀な国なのです。私は、日本が世界に誇る「観光大国」になれるポテンシャルを持っていると確信しました。
観光で稼ぐのは「世界の常識」
世界の観光産業はずっと高い成長率を保ち続け、2015年にはついに世界のGDP総額の10%を突破しました。
世界全体ではすでに自動車産業を上回る規模まで成長しました。
観光戦略は「アジア」から「全世界」へ
アジアから海外旅行に出掛ける人のうち、日本を訪れる人の占めるシェアがかなり大きくなってきたこともあり、アジア中心の戦略が頭打ちとなる領域へ入りつつあります。
アジア以外の人々にも日本を好きになってもらい、もっとたくさん訪れてもらうフェーズに入っているのです。
第1章 日本の「実力」は、こんなものじゃない
世界の「観光産業」の現状
世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)の試算では、観光産業は全世界のGDPの10%となっており、全世界の雇用の11分の1を生み出している。
観光は外貨を使ってもらう産業ですから、輸出産業とされています。
観光を国際サービス貿易ととらえた国連世界観光機関(UNWTO)の試算では、観光輸出の総計は1.5兆ドルとなり、世界総輸出の7%を占めています。
世界経済において「観光産業」はエネルギー、化学製品に次ぐ「第3の基幹産業」という位置づけになっている。
さらなる「大観光時代」が目の前にあらわれる
「国際観光客数」は1950年の2500万人から右肩上がりで増加しており、2015年には11.9億人まで増えている。
UNWTOは2010〜2030年の年間成長率を3.3%と見込んでおり、2030年にのべ18億人になると予測しています。
国連は2030年に世界総人口が85億人になるとも予測していますので、これから13年後には、地球上の5人に1人に相当する国際観光客が海外旅行を楽しむ、「大観光時代」とも言うべき世界になっているということなのです。
アウトバウンド
訪日外国人観光客のことをよくインバウンドと言いますが、海外に旅行する人のことを、アウトバウンドといいます。
地域別アウトバウンド数(2015年)
欧州 5.9億人
アジア 2.9億人
アメリカ 2.0億人
米国人は長く働いていますし、欧州のように格差社会の緩和策も打っていないために貧困率が高いことが響いているのでしょう。さらにあまり海外に出かけない国民性も影響しているかもしれません。
アウトバウンドの今後の成長率見通し
2020年から2030年まで、全世界の国際観光客が33.0%増加すると予測しています。
地域別には
アフリカ 57.6%増加
アジア 50.7%増加
「評価より実績」が重要
京都
東京や大阪という大都市は戦争や都市開発の影響で、古い街並みがほとんど残っていません。そんななかで、京都は奇跡的に文化財が多く、古い街並みが一部残っています。現代の日本で、ここまで歴史を感じさせる都市はありません。
残念ながら、街並みは毎日のように京都人によって破壊されており、今や消滅の危機に晒されているというのは、これまで拙著で幾度となく指摘させていただいたとおりです。しかし、それでも特に食、神社仏閣などという面ではなお、観光資源としてん価値は絶大です。
イギリスの大英博物館、フランスのルーブル美術館のように、世界中から観光客が訪れる文化財観光を「都市全体」で行うことができる、世界でも非常に恵まれた条件を揃えております。
訪日観光客数の増加は「円安」だけでは説明できない
為替以上に大きな影響を与えている要素があります。
それは「ビザの緩和」です。
2013年、たまたま円安に変わったタイミングで、日本政府は訪日観光客増加に大きな効果が見込まれるタイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム、そして2015年には中国からの観光客のビザ発給要件を大幅に緩和しています。
世界の観光市場が大幅に成長してきたことも無視して、近年の観光客数増加の理由を円安だけに求めるのであれば、これほど円安だった1990年代に、訪日客がそれほど来ていなかったという事実と矛盾します。
観光業は、国際情勢の影響をそれほど受けない
これまでの国際観光市場は、国際情勢などの不測の事態の影響を受けることがあっても、それは短期的な影響に終わり、すぐに回復して力強い成長を続けてきました。たとえば、2009年に世界的な金融危機に見舞われた際も、翌年にはすぐに回復し、右肩上がりの成長を見せています。
意外に思うかもしれませんが、国際観光市場の成長力はかなり強く、外部要因があっても、それほどブレません。
ここが日本の観光業のボトルネックだ
ホテルの宿泊料が安い
ホテルの宿泊料の安さは特に問題です。価格競争力のランキングは第94位。他の先進国と比べると高い順位ですが、この項目で上位に入る国は、ほとんどが発展途上国です。「価格競争力が高い」という評価は、先進国としてはむしろマイナス評価なのです。
自然資源の改善
日本は素晴らしい自然資源を有しているのにもかかわらず、その評価は世界第26位。
日本は文化観光に頼りすぎて、より客層が広い国立公園などの自然観光を十分に整備しておらず、観光客向けの情報発信も不十分でした。
観光政策のなかで、特にマーケティングとブランディングが弱いことも浮かび上がります。
★第1章のまとめ
ポイント①
18億人、世界の5人に1人が国際観光を楽しむ時代になる
ポイント②
日本の「評価」は高い。
総合ランクは世界第4位!
ポイント③
観光は、為替や国際情勢の影響はそれほど受けない
★アトキンソンの提言 日本がやるべきこと
評価より「実績」を見て、潜在能力をフルに活かそう
第2章 「どの国から来てもらうか」がいちばん大切〜国別の戦略を立てよう〜
訪日観光客の約半分は中国人と韓国人
訪日外国人観光客数が順調に増えていることからもわかるように、数年前とは比較できないほど、政府や自治体は外国人観光客の誘致に力を入れるようになっています。実際、2003年には訪日外国人観光客は521万人でしたが、2016年には2404万人まで増加しました。
一方、その誘致策は、「春節」の時期に訪日する中国人ツアー客や韓国からの観光客という「近隣諸国」を対象としたものがメインであるという現実があります。
訪日観光客の85.0%をアジアが占めており、中国は全体の26.5%で、韓国は全体の21.2%となっています。この2カ国だけで47.7%を占めているのです。
日本には大きな「地の利」がある
観光というものは、どれほど素晴らしい観光資源をもっていても、どれほど高度な観光戦略を立案しても、「客」が訪れてくれないと成立しません。そこで重要になってくるのが、今現在来てもらっているインバウンドのデータ分析だけではなく、各国のアウトバウンドという潜在市場のデータ分析です。
2015年、国際観光客は11億8620万人でした。そのなかで、欧州発の観光客が5億9410万人で一番多く、世界の観光客の50.1%を占めています。日本でも最近は「欧米豪のマーケットが重要だ」という意識が高まっていますが、特に、世界の観光市場に占める欧州のマーケットの重要性をさらに認識する必要があります。
一般的に国際観光客というのは、遠い国へ旅行したときには、隣国へ旅行したときよりも、より多くのお金を落とす傾向があります。これはみなさんも思い当たるふしがあると思いますが、週末に気軽に行けるような隣国への旅行よりも、夏休みや正月休みを使って行く遠い国への旅行のほうが、ホテルや観光により多くのお金を費やすのではないでしょうか。
データで見ると、オーストラリアのアウトバウンド観光客は、1人あたり観光予算が世界一多いことがわかります。
それは、オーストラリアの近くにはニュージーランドくらいしかなく、海外旅行という遠方の国しか選択肢がないからです。遠い国まで移動するわけですから、交通費もそれに費やす時間も、よその地域よりもかかりますので、当然、長い滞在します。滞在時間が長くなれば、それだけ宿泊や食事にお金を落とすというわけです。
さらに言うと、遠方の国に行くにはそれだけお金がかかりますので、海外旅行をするのは相対的に高所得層が多くなります。その分、受け入れ国のメリットはさらに大きくなるのです。
欧州やアメリカという、ただでさえ観光にお金を使う傾向がある人々が「遠方」にいるというのは、日本にとって非常に大きなプラスと言えましょう。特に世界一大きな観光市場である欧州が日本から遠いというのは非常に有利です。
それにくわえて、同一地域内のアジアからのアジアバウンドも、今後の伸び率が相対的にかなり高いわけですから、日本というのは「遠方からの上客」と「成長率がもっとも高い近場からの多数の客」を同時に取り込むことができる、絶好のロケーションと言えるのです。
地域別滞在日数、支出の違い
アジアの観光目的滞在期間の平均は5.2日でした。これに比べて、欧州は11.6日、アメリカはは9.5日、オーストラリアは12.7日です。
宿泊と食事は観光の最大の支出ですから、その滞在期間の長さを反映して、アジアの平均支出額は1人あたり9万5621円、北米が13万5479円、欧州が16万6317円、オーストラリアが20万9009円でした。
どの国から何人来てもらうか
大事なのは「発信戦略」です。
欧州と一口に言ってもさまざまな国があり、さまざまな人々がいて、観光に対する嗜好も多種多様です。どの国の、どのような人たちを狙うべきなのか、そしてどのようなPRをすればいいのかということを、計画性と戦略性をもって細かく考えていかなくてはいけないのです。
狙い目はドイツ!?
アウトバウンドにたくさんのお金を費やしている国を上から順に並べたデータによると、1位中国、2位アメリカと人口の多さから想像できそうな順になっているが、意外なのが第3位のドイツではないでしょうか。
2014年ののべ人数の実績ですが、8300万人のドイツ人が国際観光を行っています。
ドイツの人口は8200万人ですから、国民のほとんど全員に相当する人数が海外旅行をしていることになります。(もちろんこれはのべ人数ですので、同じ人が年間3回海外へ行った場合、3人としてカウントされます)
イギリスも人口6511万人に対して5840万人ですからほぼ同じですが、際立って少ないのがフランスです。人口6467万人に対して、2820万人程度しか海外旅行をしていないのです。
つまり、ドイツ人やイギリス人は欧州のなかでも比較的、「海外旅行好きな人」が多く、フランス人はそれほど国の外には出ないと言えるのです。
「フランスを最重要視」は適切な戦略なのか
欧米に対しては、日本のファン、すなわちアニメ、漫画、お茶や日本食などの日本文化を好む層、つまり「親日派」を対象とした観光戦略でしたので、どうしても限られた人しか日本を訪れないということになってしまっています。
しかし今後は、そうも言っていられなくなります。
潜在市場と実績にかなり開きがある欧州は、これからの日本の観光戦略の精度を上げていくうえで、もっとも重視すべき市場だと言えます。
「フランス人は日本文化に理解がある」という観光業者や自治体の先入観がある
たしかに歴史的に見れば、19世紀の欧州におけるジャポニズムは、フランスが中心になっています。日本のアニメもフランスで人気を博しているなど、日本文化に対する関心が高いとされています。
そのようなイメージから、訪日外国人観光客対応でも、フランスを重要視すべきだという戦略が導き出されているのです。
しかし、「日本文化が好き」ということと、「日本に観光に訪れてお金を落とす」ということはまったく別の次元の話です。
いちばんターゲットにすべきはドイツだ
8300万人という世界第3位のアウトバウンド市場を誇るドイツから日本に訪れているのは、わずか18万人足らずです。
実際、ドイツの観光客は、アジアにはよく訪れています。
2016年にタイを訪れたドイツ人観光客は年間約84万人もいます。タイに比べて日本は観光資源の多様性に恵まれているにもかかわらず、です。
裏を返せば、日本はまだまだドイツ人観光客を招致できる「伸び代」を秘めているということなのです。
タイの実績を見ていると、タイはさまざまな国から満遍なく誘致できていることがわかります。
ここで注目すべきなのは、日本は誘致に力を入れている国に関しては、タイよりも多くの観光客を誘致できているという事実です。日本はタイよりも観光資源に恵まれていますので、力を入れさえすればタイを上回ることができるのです。
★第2章のまとめ
ポイント①
アジアからの集客はかなり順調にできている
ポイント②
お金をたくさん使ってくれる「上客」である欧州からの観光客が少ない
ポイント③
これまでターゲットにしてきたフランス人は、あまり国際観光をしない
★ドイツ人をターゲットにし、ドイツ語の発信を充実させよう
第3章 お金を使ってもらう「魅力」のつくりかた〜「昭和の常識」を捨てて、質を追究しよう〜
「昭和の観光業」の特徴
「昭和」のビジネスモデルは基本的に「戦後の爆発的な人口増加」に合わせたものでした。歴史上、移民を迎え入れずに自国民だけでこれほど人口を増やした先進国は、日本以外にありません。
人口が増えるということは、顧客の数が右肩上がりで増えていくということですので、たとえば製造業でしたら、しっかりした製品さえつくっていれば、黙っていても順調に成長することができました。
ライバルとの価格競争で低価格路線に舵を切ることがあっても、毎年のように分母である日本の総人口が勢いよく増えていたので、得られる利益も上がっていったのです。
なおかつ、需要が増加していたので、供給が追いつかない面もあることから供給側が有利となり、お客さんのニーズがメインにならないこともありえます。これが今で言う「ガラパゴス化」の始まりです。
また、確実に需要を処理するシステムが求められますので、この時代はマニュアル化が進み、臨機応変に対応できない、融通が利かないという、多くの日本企業で見られる問題もあらわれました。
分母である日本の総人口が右肩上がりで増えていたことにくわえ、日本人の「観光熱」が上がっていったわけですから、極端な話、観光業は特別な創意工夫をしなくても成長できていました。
なぜ供給者側がつくる「ルール」が受け入れられたのか
日本企業で働く人の多くは個人の裁量で長期休暇が取れない
→土日か年末年始、ゴールデンウィーク(GW)に観光するという「一極集中型」へ
→有名観光地へ行けば大混雑、有名ホテルは軒並み満室
→「ホテルやレストラン側から提示された『ルール』に黙って従うことこそが『観光客のマナー』である」という社会通念の源泉になりました。(圧倒的な売り手市場。1円でも安くして、とにかく1人でも多く来てもらえれば、という感覚)
→ホテルは大型化し、価格も手頃に。
このように、これまでの日本の観光は人口増加に依存した産業だったために
→満足度が低い、価格設定が低いと指摘しつつ
→訪日外国人観光客を増やすためには、文化財などの解説や案内を外国人でもきちんと理解できるようなものにするなど、観光の満足度を上げて対価をもらうべき
上記の多種多様なルールの例
「夕飯は大広間で7時からになります」
「11時が門限なので外出はしないようにしてください」
「連休中のお食事はこのコースだけになります」
ちなみにこの休み方は製造業の時代、子供が多い時代の名残です。「親は子供が休むときに休む」という常識は、この未婚化・少子化の時代には合っていません。
「昭和の観光業」がつくった「質よりも量」という常識
例:沖縄の国際通りの土産店
ほぼすべての店で、入り口から出口まで、まったく同じお土産が並んでいる。
これでは、どこかひとつの店舗へ行ったら、他の店舗に行く意味がありません。
観光バスで大量の観光客がやってきて、みなが同じものを買ってすぐに変える「昭和の観光客」に対応した。
「一生に一度の観光」の終焉
「一極集中型」の観光を長く強いられてきたことで、日本人の高齢者たちの多くが口にする「一生に一度行ければいい」という観光に対する意識。
これは裏を返せば、御朱印帳に象徴されるように、「一度訪れた人は、もう来ない」ということでもあります。
人口が激減しており、「まだ行ったことがない」人が今後増えることは期待できません。
「平成の観光業」とは
ざっくり言うと、「大量の日本人」の代わりに「大量のアジア人」をターゲットにして、成功を果たしています。
中国人の爆買はそんなにインパクトはない
私は数年前から、中国人の表面的な使用金額には注意が必要だと指摘していました。
それは、爆買の対象となる商品の多くが輸入品だからです。
最近、爆買が減っていることを悲観視する人がいますが、そもそも爆買はそれほど日本経済に貢献していませんでしたので、悲観する必要もないと思います。
中国観光客は、買い物はするけれど、観光にはそれほどお金を落とさない。しかも、近隣諸国からの旅行なので、下手をすると韓国人のように2泊3日などの短期滞在になります。
リピーターを増やし単価を上げる「将来の観光業」
人口が減って、リピーターも少ないという観光地の問題を解決するには、2つの方法があります。
ひとつは
「一生に一度行ければいい」という場所から「何度も行きたい」という場所へ変えて「リピーター」にしていく
そのためには、これまでの団体客向けの画一化サービスだけでなく、1人ひとりにもっとカスタマイズしたサービスも提供して、
満足度を向上させる
しかありません。
例:二条城
これまで建造物だけで中身は何もない「空っぽの箱」を見せているようなものでした。
今後は、将軍のお正月、侍のしきたり、御成の様子、後水尾天皇の行幸、将軍の食事、将軍の服装、将軍の寝室の調度品などなど、シーズンごとに展示を変えて、博物館や美術館の特別展のようにあの手この手でリピーターを呼ぶ発想が必要となってきます。
つまり、「空っぽの箱」に、もともとそこに存在した文化や歴史ドラマを取り戻して、文化や歴史の発信場所にすべきなのです。
観光の単価を上げることと、満足度を向上させてリピーターを増やしていくということは、表裏一体
日本の有名な国宝や文化財の入館料・拝観料と、世界の有名な観光地の入場料を比較
海外の平均は1,891円
日本の平均は 593円
海外の主要な観光地と比較して圧倒的に安いのです。
これは、1人でも多くのお客さんに1円でも安く見てもらうという、恵まれた昭和の発想の名残にほかなりません。
海外では、特に1980年代以降
文化財は観光資源として利用し、その収益を保護・修理に回すという「自主運営」的な考え方が主流
一方、日本の文化財は研究や保存の対象であり、修理は文化財保護だけが目的だったという違いがあります。
たとえば、イギリスの文化財の入場料は、他のヨーロッパ諸国と比較して高い傾向にあることがわかります。これはなぜかというと、
イギリス政府の観光戦略が「量より質」をとりに行っているからです。
日本はデフレだから価格設定が低いと言う人がいますが、それは付加価値を高めていないことの言い訳にすぎません。
「質」を高めれば「量」も増やせる
日本国内の人口は減少しており、アジアからの訪日客の増加も、早晩頭打ちとなるでしょう。
例 芦ノ湖の観光業
同じエリアであるにもかかわらず、いまだに「質より量」という感覚を引きずる「昭和の観光業」との明暗が、残酷までにくっきりと出てしまう。
残念ながら地元の名産品を扱う土産物屋や、芦ノ湖名物のニジマスやワカサギを扱う飲食店の多くは
お世辞にも繁盛しているとは言い難い状況でした。
では、芦ノ湖に訪れた観光客はどこへ向かうのかというと、1軒の瀟洒な建物のパン屋さんに行列をなしているのでした。
出所:Bakery&Table箱根HP
http://www.bthjapan.com/hakone.php
1階には足湯を完備したテラス席もあるため、それを目当てに外国人観光客も列に並んでいるのです。
このパン屋さんは、芦ノ湖に何かゆかりがあるわけではありません。ここは帝国ホテルの会長だった大倉喜七郎氏が妙高高原に創業した日本初の高原ホテル「赤倉観光ホテル」のパン職人の流れをくむお店です。
東京の表参道にありそうなパン屋が行列をなすほどの大繁盛ということに、違和感を覚える人もいらっしゃるかもしれません。
しかし、これと同様のことが日本全国の観光地で起きているのです。
1人でも多くの観光客をさばくことを目的とした「昭和の観光業」では、どこの店も、客にはとにかくその地の名物だけを出しておけばいいという発想でした。観光客側も一生に一度来るくらいという意識なので、「芦ノ湖にきたらワカサギを食べるべき」という観光業者側の提案に、何の疑問も抱くことなく従いました。
しかし、社会の変化により、箱根自体の観光地としての意味合いも大きく変わりました。小田急電鉄など交通インフラが進化し、日帰り温泉などのサービスも増えたことで、「一生に一度は行きたい観光地」から、「関東近郊の人々が日帰りや週末に泊まりで気軽に訪れる観光地」へ変わりました。
遠い国から日本にやって来るには、高い航空機代・長い時間がかかります。
苦労も多いので、それだけ高い満足度が求められるのです。このような人々を増やしていくためには、今まで以上に高度な観光整備をしていくべきでしょう。
これは何も外国人観光客のためだけではありません。
これから日本人観光客は減少していきます。絶対数が減るなかで
ヨーロッパからの観光客の眼鏡にかなう観光整備をすることは、まわりまわって日本人観光客の集客にもつながっていくのです。
単価の高い観光資源をつくると、案外日本人ですぐにいっぱいになります。
特に資産のある高齢者などには、これまでのような短期滞在ではなく、ヨーロッパからの観光客のように長期滞在という習慣を広めていくができるはずです。
さらに政府が進める働き方改革が成功すれば、これまでのようなゴールデンウィークや盆暮れの「一極集中型」ではなく、国内観光の多様性も広がります。
これからは、昭和のインフラを活かす方法がないので、大型化してしまった価格の安いホテル、旅館、それ以外のインフラを一旦つぶして、地方の大再開発を進めることが急務となってきます。
★第3章のまとめ
ポイント①
「量」を優先した「昭和の観光」は満足度が低い
ポイント②
日本の人口は減る。
遠くからの観光客は高い満足度を求める
ポイント③
生き残るには単価を高めてリピーターを増やすしかない
★アトキンソンの提言 日本がやるべきこと
「横並び」をやめて、客の「満足度」を高めるために何をすべきか考えよう
第4章 自然こそ、日本がもつ「最強の伸び代」〜「長く滞在してもらう」ことを考えよう
これまでの日本の観光産業は、文化観光にはかなり力を入れてきましたが、自然観光にはそれほど注力してきませんでした。
少し足を伸ばせば、美しい山、河川、海岸線など、美しい自然のなかに身を投じることができます。さらに奥深い山に入れば、自然と一体となって生活している人々の姿や「秘湯」と呼ばれる温泉地、さらには飛騨高山のように、厳しい自然と共生している伝統的な建物を見ることができます。
自然がここまで多様性に富んでいる国はなかなかありません。
自然観光はこれまで、文化観光ほど整備・発信されてきませんでした。そういう意味で、「観光立国」を実現するうえで今後の伸び代として私がもっとも期待しているのが、「自然を活用した観光」です。
観光庁の「訪日外国人消費動向調査」によると
「今回の訪日でしたいこと」のなかでは「自然・景勝地観光」が第4位と、優先順位が高くなっています。さらに、「次回したいこと」となると、自然・景勝地観光は第2位まで順位を上げています。
この調査によると、観光客にとって文化・歴史も魅力的ではあるものの、自然・景勝地観光は歴史・文化の約2倍も「したい」と思われているのです。
東京都産業労働局観光部が行った調査
「都民が外国人に体験してほしいこと」と「外国人が東京で体験したいこと」にはギャップがある
「都民が外国人に体験してほしいこと」
和食、伝統、温泉
当然ながら、外国人はそれらを体験するのを楽しみにしています。
一方、都民が気づいていない分野として
「外国人が東京で体験したいこと」
自然、街歩き、ナイトライフと夜景
などがあります
多様な自然が「宝の持ち腐れ」になっている
日本では、自然はお金にならないと言われることがありますが、それは世界の常識に反しています。
自然こそ、「稼げる観光資源」なのです。もちろん、見せるだけではお金になりませんが、体験、アクティビティ、ホテルなどを工夫することで、「もっとも稼げる観光資源」に変貌させることができます。
川下り、沢登り、ハイキング、釣り、狩り、山登り、バードウォッチング、お花の観賞、カヤック、サイクリング、乗馬……例を挙げたらきりがありません。今、世界では、スキーだけではなく、このような自然を体験する観光は非常に人気があります。
自然を使った体験観光には、巨大な可能性があります。
それは滞在型だからです。自然体験では、滞在時間の長いものが比較的簡単につくれますので、宿泊日数が伸び、支出額が増えるのです。
さらに
自然は文化と比べて、誘致できる層が厚い
という特徴もあります。
特に、若い人が興味をもちづらい文化観光に比べて、自然観光は若い人の呼び込みに有効です。
スキーはその典型的な例です。スキーは若い層も呼べますし、宿泊をともなう可能性も高いです。
しかし、日本ではスキーを除いて、自然を使うアクティビティが十分に育っていません。
自然は今から大きく力を入れるべき観光資源だと思います。
その理由のひとつとして、訪日外国人観光客の年齢分布があります。
まだそれほど歴史・文化に興味がわかないであろう20代までの外国人観光客比率は、35.2%です。30代まで含めると、その比率は65.2%にまで高まります。
この年齢構成を見ると、自然体験への興味が強い観光客が多いこともうなずけます。
外国人に地元の「課題」を解決してもらう
「自然」という武器をフル活用した観光戦略を賢く実行していけば
経済的な恩恵だけではなく、日本社会が抱える「課題」も解決できる可能性があるのです。
現在日本では
「獣害」
が非常に大きな問題になっています。
鹿、猿、猪などが山から麓に下りてきて、農作物を食い荒らしたりすることでs、農家の方たちに甚大な被害が出ているのです。その額は年間200億円と言われています。
この「獣害」を食い止めるため、自治体は猟友会にお願いして、1頭いくらという報酬を払ってハンティングを行ってもらっているのですが、自治体の財源の制約もあり、なかなか厳しいのが現状です。
しかし、実はこれを解決できる方法があるのです。それは「ハンティング・ツーリズム」です。
日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、海外では狩猟は多くの愛好家がいるスポーツです。ハンターのなかには、自国で楽しむだけでなく、まだ見ぬ獲物を求めて海外に飛び出す人たちもいるのです。
つまり
世界には、お金を払ってでも狩猟をしたいという人が山ほどいるのです。
規制緩和も必要かもしれませんが、もし仮に日本でも地域を制限して、海外のハンターに有料で狩猟を楽しんでもらうような制限を整備したらどうでしょう。
国や自治体としては
「獣害」を防ぐことができるうえに、国際観光収入を得ることもできます。
遠い異国の地で日帰りのハンティングを楽しもうなどという人はいませんので、長期滞在者が多くなります。
また、「フィッシング・ツーリズム」から整備してみるという手もあります。
日本は四方を海に囲まれ、海がない地域でも大小の川が流れていることもあって、どこでも釣りができます。また、生活のための漁だけではなく、趣味としての「釣り」も長い歴史があり、さまざまな技術があります。どこの釣り具専門店に行ってみても、驚くほど多種多様な針や餌、竿がところ狭しと並べられているのは、「釣り大国」である証左と言えましょう。
事実イギリスは、フライフィッシング発祥の地であるスコットランドで、フィッシング・ツーリズムを世界中に発信し、多くの富裕層を呼び込んで地域活性化に結び付けています。
四季がある国など、世界中にたくさんあります
なぜ日本の自然が多様性に富んでいるのかという話になると、「日本は春、夏、秋、冬という四季の恵みがあるから」と主張する方がいますが、これは誤りです。
にもかかわらず、「ここまで美しい四季があるのは世界でも珍しい」「日本では四季の移り変わりを大切にする」という主張が多いのは
日本文化を代表する地・京都の四季の景色を指しているからではないでしょうか。
科学的かつ客観的に見て、日本の美しい自然と、「四季がある」ということには、大きな因果関係はありません。
特に
初めて日本を訪れる外国人観光客がしたいことのなかで、「四季の体験」は11.6%しかない
ことを重視する必要があります。
「災害」が日本の自然の多様性を育てた
実は
日本ほど自然災害の多い国は、そうはありません。
定期的に大きな地震が起きていますし、火山も多いです。梅雨もありますし、地理的にも毎年のように台風が直撃します。これらの自然災害は人間だけではなく、そこに生息する動植物にも、ある大きな影響与えます。それは
「森林が完成しない」
ということです。
自然環境がまったく変わらないと、弱肉強食ではありませんが、生物的に強い種が弱い種を駆逐して、どんどん勢力を増していきます。
しかし、定期的に大規模な自然災害に見舞われる日本ではそうはいきません。溶岩が流れてきたり、土砂崩れが起きたり、鉄砲水が発生したりすれば、どんなに強い種もあっという間に駆逐されてしまいます。そうなると、それまで隅に追いやられてきた別の種が台頭するチャンスがめぐってくるのです。
災害のあとは、それまでの環境が激変します。この新しい環境に適応できた種がどんどん増えて、それまで強かった種と力関係が入れ替わります。その後、新たな種がつくった環境に適応できる別の種が増え、サイクルは完成に向かいます。
このような新陳代謝が繰り返されるので、弱い種も絶滅しません。このようなことが何千年、何万年も繰り返されてきたことで、他の国では見られない多様性に富んだ自然ができあがった、と言うのです。
自然で「街並み」をカバーする
日本の街並みは美しいとは言い難い惨状です。
ゴミが落ちている、落ちていないというような次元の話ではなく、日本の都市から、外国人観光客が日本の魅力を感じるような「観光資源」となる歴史的建造物がほとんど消えてしまっているからです。
唯一、日本の伝統的な街並みが残っていると言われる京都に関しても、京町家はどんどん取り壊されて、何の美しさもない近代的なビルに変わっており、外国人観光客が来日前にガイドブックやインターネットで見た「KYOTO」のイメージどおりの街並みは花見小路通の南側程度、市内でもほんの限られたスペースしか残っていません。
ネットの感想を見ると、「騙された」「想像と違う」と失望する外国人観光客も多いようです。
残念なことに、いまだに京都の街並みが毎日のように破壊されています。
★第4章のまとめ
ポイント①
日本ほど自然に「多様性」がある国はめったにない
ポイント②
「文化」に「自然」を足すと、呼べる層が広がる
ポイント③
自然観光のほうが長期滞在になるので、多くのお金を使ってもらえる
★アトキンソンの提言 日本がやるべきこと
「自然」を活かしたアクティビティを充実させ、施設も整えよう
第5章 「誰に・何を・どう伝えるか」をもっと考えよう〜「So what? テスト」でうまくいく
日本は外国人に冷たい国?
欧州とアメリカにおいて、日本に対してどういうイメージをもっているかを聞いたのですが、なんともっとも多いイメージは
「unwelcoming(歓迎されない)」
「cold(冷たい)」
という結果だったのです。
観光PRのなかでいまだに「おもてなし」という言葉が時折使われているように、日本のみなさんは、自分たちのことを「外国人に親切で、よその国に負けないくらいあたたかく迎えている」ととらえているのではないでしょうか。
「So what? テスト」でうまくいく
二条城のパンフレット
パンフレットには
「歴史年表」や、この建物が何年につくられ、いつ何が消失し、何年に国宝に指定されたのか
など、文化財としての略歴が掲載されています。
少し考えればわかると思いますが、このような情報は、遠い国から訪れた観光客にとってはさほど価値がありません。それよりも、外国人観光客にはもっと知りたいことがあるからです。
その情報は、外国人が求めている情報なのか、それとも意味のない情報なのか。それをチェックするために有益なのが、「So what? テスト」です。
ある情報を見て「だから何だ」と自問することで、それが有益なのか、それとも独りよがりの発信になっているのかを確認するのです。
日本のマーケティングは、商品をつくる苦労や技術的な難しさをアピールすることがあり、「自分目線」な発信が多いと言われています。しかし海外では、「この商品を買えば、あなたの人生がすばらしいものになる」など、買い手のメリットを強調します。
★第5章のまとめ
ポイント①
同じ言葉でも、国によって受け止め方が異なる
ポイント②
知識の違いから、日本人にわかることが外国人にわかるとは限らない
ポイント③
文化の違いから、同じ写真でも別の印象を抱くことがある
★アトキンソンの提言 日本がやるべきこと
情報はネイティブにつくってもらい、必ず「So what? テスト」をしよう
第6章 儲けの9割は「ホテル」で決まる〜「高級ホテル」をもっと増やそう
「価格の多様性」
とりわけ、宿泊施設の価格が肝要です。
言うまでもありませんが、
お金をたくさん落としてくれる富裕層に来てもらいたいと思っても、富裕層にふさわしい宿泊施設がなければ、富裕層は日本にやって来ません。
それはバックパッカーでも中流層でも同じで、それぞれの予算にふさわしい宿泊施設がなければ、やはり訪れてはくれません。
欧米人女性は全然日本に来ていない
アジア以外から訪れる女性はたった97万人で、全体の4.2%にすぎません。
一般的に
男性より女性のほうが旅先で多くのお金を使う傾向があります。つまり、これらのデータからは、欧米などからの女性観光客を増やすべきという結論が導かれるのです。
日本に向いているのは「リゾート方IR」
そう聞くと、日本の地方にマリーナベイサンズのようなものをつくるのか、と思うかもしれませんが
「日本のIR」はあのような豪華施設というよりも、いかにカジノと地域の自然や文化を組み合わせて、幅広い集客ができるのかがもっとも重要なポイントになると考えています。
それはつまり、マリーナベイサンズのような大都市の観光の目玉になる「都市型IR」に対して、
「リゾート型IR」とも言うべきものです。
実際に世界には、そのようなスタイルのIR、周遊観光の拠点としてのIRが存在します。
★第6章のまとめ
ポイント①
観光収入の9割は「5つ星ホテル」の数で決まる
ポイント②
タイに110軒ある「5つ星ホテル」が、日本にはたった28軒しかない
ポイント③
「5つ星ホテル」の定義をもっと知ろう
★アトキンソンの提言 日本がやるべきこと
「高級ホテル」を増やそう。
「世界標準のサービス」を取り入れることを忘れずに
第7章 観光は日本を支える「基幹産業」〜あらゆる仕事を「観光業化」しよう
★第7章のまとめ
ポイント①
観光立国には
文化・スポーツ・観光省が不可欠
ポイント②
文部科学省は
「お金を稼ぐ」ための組織ではない
ポイント③
文化もスポーツも、「観光」を取り入れないと衰退する
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